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「Identity」Wired 日本版 VOL.30

中動態から始まる新しい 。暇の搾取の世紀という國分功一郎、退屈とは傷でありアイデンティティであることが当事者研究から見えてくるというのは熊谷晋一郎。若林恵編集長のラストスタンド。

「家族ってなんだ?」考える人 2015年冬号

山極寿一が個食はサルへの退化だと言えば、山口文憲はボッチ席結構ではないかと書く。明治民法後、昭和新憲法と新民法後の家族小説の系譜を斎藤美奈子がレビュー。是枝監督と『エル·スール』。森から出たサルは二足歩行をはじめた。食料を運び、確保するため、危険から身を守るために、コミュニティと家族を必要とした。猿同士を結びつけたのは共感力。脳を使う必要性が生じたのだという。森を出たのは600万年前、脳が大きくなりはじめたのは200万年前。 たぶん人類は、肥大した脳を収縮するためにコンピュータを発明した。人類さまは神さまです、なんつて。 “それは能力の減退だ。減退はいかん。食い止めるのだ。ヒマ人たちよ立ち上がる時だ。” スチャダラパー「ヒマの過ごし方」

「リリー&ナンシーの小さなスナック」

諦念の文学。

「JAMJAM日記」殿山泰司

かつて呑み歩いていたときのことを酒の季節と呼ぶかんじ。出てくる固有名詞をメモしたり検索したりしながらゆっくり読んでいる。「フォーエバー・ヤン」「ミュージック捜査線」もそう。

「日本語以前」大野晋

たとえば寿く(ふく)、祓う、乞いなむ(祷る)といった古語に触れ、タミル語との共通ルールを見つけて戯れるのは楽しそうで、実際その堀井憲一ノリの調べっぷりに嬉々として現れていると思う。大学の国語の課題図書だった。で?何なんだ?何もないのか?みたいな批判的なレポートを書いてしまった気がする。若気のアレだが20年ぶりに手に取った読後感は相変わらずで。