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沢木耕太郎ノンフィクションVII「1960」所収「危機の宰相」「テロルの決算」


再評価されているケインジアンのひとり、下村治に興味を持って手に取ったが、中身は沢木耕太郎節の群像劇。「危機の宰相」、まさか最後に三島由紀夫につながるとは。当時の日本の政治経済に「世界の静かな中心であれ」と警鐘をならした言葉は観念であるが今の世相にも刺さるものがあるような。「テロルの決算」、浅沼稲次郎と山口二矢それぞれの、親子の描写にすべてが収斂されていくのはやはり沢木節ゆえか。胸を打つというか刺す。



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確かに子どもにとってじいさん、ばあさんって、暗黒からの使者。あいつら一体何者なんだ、きっと生まれたときから、じいさん、ばあさんっだったに違いない。とか言って。