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「ソロモンの歌」トニ・モリスン

serpentwithfeet のインタビュー記事を見て手に取った。1977年の著作、今まで知らなんだ 。 抑制の効いたヒップな文章と会話。
「ハイ」(中略) 「それはそういう言葉だい?」(中略) 「こんにちはという意味だよ」 「だったら、そういうふうに言うんだね」 「わかった。こんにちは」 「そのほうがいいよ。何の用だい?」 「別に。通りかかっただけなんだ」 「そこに立って、見ているみたいだけどね」 「ここにいて欲しくなかったら、パイロットさん、ぼくら帰るよ」(中略) 「わたしはああして欲しい、こうして欲しいというような人間じゃないよ。あんたのほうこそ何か用があるんだろ」 「ちょっとおばさんに聞きたいことがあるんだ」
てな調子。 当時は固くて読みづらい、ちょいと権威のある文学作品として読まれたのだろうか。 いやいやかなりイカしてます。

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「1984年に生まれて」郝景芳

宇佐美りんの次に読んだ、これまた圧巻であった。 自己を見つめる哲学書であり、親との葛藤を描いた純文学であり、メタSFであり、時にふぞろいの林檎たちであり、解体屋外伝である。 償いは完遂することはない。過去に寛容であれ。今日を生きよう。自嘲して何が悪い。てなことを思いましたナ。 「折りたたみ北京」と併読。これに収められている夏笳、糖匪、程婧波といった女性作家の作品もいい。みな 1883-1984 年生まれっつうのも面白い。
「歌うクジラ」 乳児や幼児は親の笑顔を見て笑顔を作ることを学習する。 危険を察知しても選択肢がないから危険という概念は意味を失いやがてその概念そのものも消える。 左右対称に切り裂かれた反乱移民の顔を機械的に花にたとえることでぼくは光景から意味を剥がそうとしている。 目の前の光景に魂と言葉を失うな。 「解体屋外伝」 暗示の外に出ろ俺たちには未来がある。